東京地方裁判所八王子支部 昭和53年(わ)1766号 判決 1984年2月24日
被告人 後藤喜八郎
大九・九・一二生 元武蔵野市長
主文
被告人を罰金一〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(本件の背景)
一 本件の概要
本件は、武蔵野市長であつた被告人が、武蔵野市内におけるマンシヨン等の建設に伴う諸問題を処理するため、「武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱」(以下指導要綱という)を制定して、建設業者に対し、強力に行政指導を行つていたところ、同市内でマンシヨン建設・販売を行う業者である山基建設株式会社(以下山基建設という)が昭和五一年から昭和五三年にかけて、同市吉祥寺南町にヤマキマンシヨンを建設した際、指導要綱に定められた日照被害を受ける住民の同意を得ず、また教育施設負担金の納付をしなかつたことから、同市の水道事業の管理者の権限を行う被告人が、右ヤマキマンシヨンに関し、山基建設、購入者から給水契約の申込を受けた際、同市職員に指示して、これを拒否したというものである。
二 指導要綱制定の経緯
1 被告人の経歴
被告人は、学徒動員により海軍飛行予備学生となり、終戦後家業である農業手伝い等をするうち、昭和二四年日本社会党に入党し、昭和二六年から、武蔵野市議会議員を三期一二年勤めた後、昭和三八年五月から昭和五四年四月まで四期一六年にわたつて武蔵野市長の地位にあつた。
2 武蔵野市の概観
武蔵野市は東京都杉並区の西隣に位置し、国電中央線の吉祥寺駅、三鷹駅、武蔵境駅のある南北約二キロメートル、東西約六キロメートルに広がる面積約一一・〇三平方キロメートルの市で、その大部分が静かな住宅地であり、人口は、市制施行の昭和二二年は約六万三〇〇〇人で逐年増加し、昭和四〇年一三万人を超え、その後人口の伸びは鈍化し、昭和五三年まで一三万人台が続いていた。
3 マンシヨン建設に係る住民と建設業者との紛争
昭和四四、五年ころから、武蔵野市内では、都心への交通の便利さに加え、井の頭公園など緑地にも恵まれ、下水道もほぼ完備されるなど生活環境も良いことから、民間のマンシヨン建設が増加し、昭和四四年ないし昭和四六年には四九棟が建ち、当時なお建設予定のもの一五棟があつて、日照阻害、電波障害、プライバシー侵害等の問題が起こり、従来からの住民からマンシヨン建設反対の声が高まり、建設業者との対立が激しくなつた。市議会や市当局に対する請願、陳情も増え、市当局も規制する法律、条例などを探索、検討したが、このような事態を予想したものは皆無であつて、住民と建設業者の仲に入つて、解決に苦慮することが多くなつた。
4 市当局の対応
市当局としても、マンシヨンの建設が駅周辺の交通至便な地域に集中するため、一部地域での世帯数の急増を招き、しかも、マンシヨンの敷地面積は、既存の市内桜堤の公団住宅団地に比べてほぼ同じ世帯数で約四分の一と比較的狭いものであることが明らかとなるなど居住環境の悪化が心配され、殊に、小、中学校の用地確保、敷地拡大、校舎の増改築の必要に迫られることが予想されるに至つた。
そこで、市当局は、被告人が中心となつてマンシヨン問題解決のため、調布、国立、国分寺、田無等東京都三多摩地区の他の五市とも共同して調査研究し、宅地開発指導要綱を作つて効果を上げている横浜市などの例を検討した上、条例化によるよりも、指導要綱による行政指導により十分な効果が期待できるものと考え、指導要綱作成に踏み切り、市議会全員協議会に諮り、昭和四六年九月三〇日承認を受けた上、翌一〇月一日「武蔵野市宅地開発等指導要綱」を施行した。
三 武蔵野市宅地開発指導要綱の内容
右指導要綱(但し昭和五三年一〇月一二日改正以前のもの)の骨子は、建設の事前公開、公共施設に関する市との事前協議、日照被害住民の建設同意、教育施設負担金の寄付、要綱違反に対する実効性担保措置等であるが、本件に関係する要綱の内容は次のとおりである。
1 目的
この要綱は、武蔵野市における無秩序な宅地開発を防止し、中高層建築物による地域住民への被害を排除するとともに、これらの事業によつて必要となる公共、公益施設の整備促進をはかるため、宅地開発等を行う事業者に対し、必要な指導を行うことを目的とする。
2 適用範囲(要綱2―1)
この要綱は、(1)宅地開発事業でその規模が一〇〇〇平方メートル以上のもの、(2)中高層建築物の建設事業で、その建築物が地上高一〇メートル以上のものに適用する。
3 日照に関する住民同意
事業主は建築物の設計にさきだつて、日照の影響について、市と協議するとともに付近住民の同意を得なければならない。(要綱4―1)とし、同意を要する住民の範囲は細則により、原則として冬至日における午前九時より午後三時までの間日影となる範囲内の土地の所有者、居住者、家主等とする。
4 教育施設負担金(要綱3―5)
建設計画が一五戸以上の場合は、事業主は建設計画戸数(一四戸を控除した戸数、以下同じ)一九〇〇戸につき小学校一校、建設計画戸数四二〇〇戸につき中学校一校を基本として、市が定める基準により学校用地を市に無償で提供し、又は用地取得費を負担するとともに、これらの施設の建設に要する費用を負担するものとする。
5 実効性担保措置(要綱5―2)
この要綱に従わない事業者に対して、市は上下水道等必要な施設その他必要な協力を行わないことがある。とそれぞれ定めている。
要するに、建設業者が高さ一〇メートル以上の建物を建設するに際しては、あらかじめ市当局と協議し、日照被害を受ける住民の同意を得て、更に建物の規模が一五戸以上(昭和四八年一二月二八日改正前は二〇戸以上)の場合には、教育施設負担金の寄付願いを提出するなどして市長による事業計画の承認を得なければならず、従わない事業者に対しては上下水道等必要な施設その他必要な協力を行わないことがあるというものである。そして、右指導要綱に関する事務は、建設部計画課が担当することとなつたが、要綱適用建物についての給水事務処理については、武蔵野市水道部事務専決規程所定の市長の決裁事項との関係上市長の決裁事項として扱われた。
右指導要綱施行に際し、被告人は東京都に対し、建設業者が建築基準法六条による確認申請、或いは、都市計画法の開発行為許可申請をした際には右要綱の趣旨を考慮して指導して欲しい旨依頼したところ、東京都から被告人に対し、開発行為許可申請書等の受理前に話し合いがなされるよう指導するものの、「市長(被告人)においては関係法令をお含みの上処理するように」との回答がなされ、東京都内部では建築確認に関し、所管の東京都多摩東部建築指導事務所長に宛て、業者に対し市との事前の話し合いを指導するとともに申請書の受理については話し合いの結果にかかわらず従前どおりとするよう指示がなされた。
四 武蔵野市の水道事業
武蔵野市は、昭和二六年一二月厚生大臣より水道事業の認可を受け、同市全域に給水している水道事業者であり、地方公営企業法七条但書、八条二項、同法施行令八条、「武蔵野市水道事業に管理者を置かない条例」により、同市水道事業の管理者の権限は、同市長が行うこととなつている。武蔵野市は水道部を設け、同部は、庶務課と工務課とからなり、工務課が給水並びに給水工事に関する事務を受け持ち、右工務課は工務係、給水係、浄水場係に分かれ、給水申込の受付事務は給水係の担当とされている。
市民が給水を受けるには、武蔵野市給水条例一五条により、管理者に申込み、その承認を受けなければならないことになつており、マンシヨンの場合には、事業主の名義で申込がなされ、入居者が決まつた段階で名義変更をするのが通常であるが、入居者が決まつている場合には最初から入居者によつて申込できることとなつている。
五 山基建設のマンシヨン建設
1 山基建設について
山基建設は、中央大学法学部を中退した後、不動産業をしていた山田基春により、同人が代表取締役となつて昭和四六年五月、山田建設株式会社として設立され、昭和四八年七月、山田基春の個人営業であつた不動産業を統合して商号を山基建設株式会社とした建設業及び不動産の売買、賃貸等を営業目的とする資本金三〇〇万円の株式会社であるが、昭和五二、三年当時右山田基春の外従業員四名であつて、右山田基春の個人企業的色彩が強いものである。
2 山基建設の建設したマンシヨン
山基建設は、(1)第一ユニアスマンシヨン、(2)第二ユニアスマンシヨン、(3)共同ビル(パークロイヤル)、(4)第三ユニアスマンシヨン、(5)ヤマキマンシヨン(仮称山基ビル)、(6)第五ユニアスマンシヨン等を建設している。山基建設は、まず最初に、昭和四七年、武蔵野市吉祥寺南町一丁目三〇番一号の、のちにヤマキマンシヨンを建設した場所に一〇階建の仮称山田ビル建設を計画したが、地域住民の反対を受けたことや建築基準法の用途地域指定の変更により計画を断念し、昭和四八年から昭和四九年にかけて同市吉祥寺東町に第一ユニアスマンシヨン(敷地面積一五二・二三平方メートル((以下この項につき平方メートルを省略する))、建築面積一〇三・三二、五階建、一四戸)を建設し、同年から昭和五〇年にかけて同じく吉祥寺東町に第二ユニアスマンシヨン(敷地面積二六六・三七七、建築面積一九二・一七、五階建、住居一六戸)を建設し、続いて山基建設代表取締役である山田基春と外二名で共同して、昭和五〇年から昭和五一年にかけて吉祥寺南町一丁目三〇番一号に共同ビル(敷地面積一五〇四・三七、建築面積八一七・九六、七階建、住居四〇戸)を建設し、さらに山基建設単独で昭和五一年から昭和五二年にかけて同町二丁目一三番一三号に第三ユニアスマンシヨン(敷地面積二〇八・三〇、建築面積一六〇・一〇五、三階建)を建設し、続いて昭和五二年から昭和五三年にかけて同町一丁目三〇番一号にヤマキマンシヨン(八階建)を建設した。
3 山基建設の指導要綱に対する態度
山基建設代表取締役山田基春は、前記指導要綱制定後間もない昭和四六年一〇月ころ、市長である被告人に面会を求め、「法律でも条例でもないものを作り、市民に強要することは三権分立に反する。もし問題があるなら裁判所に訴えて裁判で決着をつければ良いではないか。」と主張し、指導要綱による行政指導には反対である旨表明し、被告人より、指導要綱の必要性、合理性につき詳細に説明を受けたが納得せず、前記マンシヨン建設に際しては、指導要綱に基づく事業審査願を提出して市当局と協議し、住民同意を得る努力は一応するものの、市長の承認のないまま建築確認申請をしてその確認を受け、建物建設工事を強行した。
4 第一ユニアスマンシヨンをめぐる紛争
山基建設は、第一ユニアスマンシヨン建設に際し、付近住民の反対が強く、市の所管課と事前協議はしたものの、日照に関し、五階の全部の削除を求める住民ともめ、同意対象住民約一〇名中二名程度の同意しか得ないまま市長の承認も受けずに着工し、反対住民が工事現場に座り込むなどの紛争も発生し、怪我人が出て救急車が出動する騒ぎになつた。
被告人は、右マンシヨンに関する山基建設からの給水契約の申込に対し、水道部長を通じ工務課長花倉敏秋に対し、要綱が守られるまで受付を保留するよう指示し、紛争について仲介し、最終的には山基建設が五階の一部を削つたことで日照に関して四階建と大差がなくなつたことを考慮して事業計画審査願を承認し、給水契約の申込を受理したが、その後間もなく、山基建設は、反対住民と武蔵野市を相手に損害賠償請求訴訟を提起した。
5 第二ユニアスマンシヨンをめぐる紛争
山基建設は、第二ユニアスマンシヨンの建設の際も住民の強い反対に遭い、当初の六階建の計画を五階建に変更し、住民と話し合つた結果、大筋の了解ができたものの細部まで煮つめるまでに至らず、住民同意を得ないまま着工した。
被告人は、山基建設からの右マンシヨンについての給水契約の申込に対し、要綱に定められた住民同意がなく、教育施設負担金の納付もなされていないことから前記花倉工務課長に申込の受理を保留するよう指示し、山基建設から市に対し、内容証明郵便で要綱を守らなければ給水申込を受け付けてもらえないかとの問い合せがなされたのに対し、市当局は、要綱が守られなければ受け付けられない旨回答していた。
そこで山基建設は、昭和五〇年一〇月ころ、東京地方裁判所八王子支部に対し、武蔵野市を相手に上水供給等の仮処分を申請し、同年一二月八日給水を命ずる仮処分が出たが、被告人の決断により武蔵野市は異議申立をし、花倉工務課長に対し引き続き給水契約の申込受理の保留を指示し、同課長は山基建設からの再度の問い合わせにも給水できない旨回答していたところ、同月一九日裁判所で、山基建設が住民らに解決金三一〇万円を、市に寄付金一〇八万八〇〇〇円を支払い、市が水の供給と下水使用の承認をする旨の和解が成立し解決した。
六 本件ヤマキマンシヨン建設地域における紛争
1 本件ヤマキマンシヨン建設地域の概観
共同ビル、第三ユニアスマンシヨン及びヤマキマンシヨンは、国電中央線吉祥寺駅から南東約三五〇ないし四〇〇メートルの地域に近接して所在し、東南東から西北西に伸びる幅員約一四・五メートル(歩道を含む)の都道四一三号線(通称水道道路)を挾んで北側に第三ユニアスマンシヨン、南側には東寄りに共同ビル、約四メートル道路を隔てて西寄りにヤマキマンシヨンが建ち、右三つの建物の日影は複合する状態となつている。
従来付近には三階建以上の中高層建物が多少散見されるにすぎず、ほとんどが一、二階建の低層建物であり、昭和四八年一一月二〇日以降、水道道路を挾む帯状の南北両側幅約二〇メートルの地域が、近隣商業地域で第二種高度地区(建ぺい率八〇パーセント、容積率三〇〇パーセント)に指定されているが、その奥に入つた背後は、いずれも第一種住居専用地域で第一種高度地区(建ぺい率四〇ないし五〇パーセント、容積率八〇ないし一〇〇パーセント)に指定されており、近い将来中高層化する可能性のない地域である。
2 共同ビルをめぐる紛争
共同ビル建設の際も山基建設代表取締役山田基春外二名は地域住民の反対を受け、住民同意を得ないまま建設に着工したが、市当局の勧告に従つて、双方から大学教授や弁護士ら五名の宅地開発等紛争調整委員に調整申立てがなされ、昭和五一年一月北側の一部を削ること並びに山田基春ら建設側が反対住民に金四五〇万円を支払う旨の調整案を双方が受け入れて紛争は解決した。
そして、給水契約の申込を受理せずにいた市も、右紛争調整委員の調整案に双方が合意し、教育施設負担金の納付もされたことから、右申込を受理した。
3 第三ユニアスマンシヨンをめぐる紛争
第三ユニアスマンシヨンは、地上の高さが一〇メートル未満のため、指導要綱の対象外の建物であつたが、同所一帯の地盤は、南面する水道道路より低く、第三ユニアスマンシヨンの敷地は盛土したので、北側住民ら日照被害を被る者にとつては一〇メートルを超える建物と同様の日照被害を被ることとなり、右住民らは武蔵野市当局に対し要綱の適用を強く求めたが、入れられなかつた。そこで右建物建設に反対する住民ら九名は、昭和五一年六月二八日東京地方裁判所八王子支部に山基建設を相手に三階の北側部分の建設の禁止を求める建築工事禁止の仮処分を申請し、同年一一月二四日右のうち一部の者に対する関係で、申請どおりの決定が出たが、山基建設側は、裁判の結果には従う旨語つていたにもかかわらず、異議申立てをし、翌昭和五二年一一月一八日右決定を維持する判決が出るや更に控訴して争うに至り、しかも、裁判所に建築禁止を命ぜられた部分を削つて建設、完成させながら、その削つた未建築の部分を第三者に売却したから自分は当事者ではない旨主張したり、その部分に物置を建てるなど奇妙な行動に出たため、住民らは一層硬化した。
七 本件ヤマキマンシヨン建設をめぐる紛争
山基建設は、共同ビルの紛争調整委員に対しては、更地であつたヤマキマンシヨン建設地に関して建物建設の予定はなく、土地も売却予定である旨語つていたにもかかわらず、右紛争調整案に双方が合意してから一か月も経たない昭和五一年二月、右更地にヤマキマンシヨンを建設すべく動き出し、同年三月三日、敷地面積六六七・四七平方メートル、建築面積三三四・〇一平方メートル、八階建、三〇戸(容積率二九九・九二パーセント、建ぺい率五〇・〇四パーセント)として従来の山田ビルの計画を全面修正した事業計画変更審査願を武蔵野市長(被告人)に提出し、市の関係部門と協議し、教育施設負担金について三一三万五〇〇〇円、同意を得るべき住民の範囲について九名の通知を受けた。右同意を得るべき住民の中には共同ビル及び第三ユニアスマンシヨン関係と共通する住民が多く、ヤマキマンシヨンの建設には強く反対する態度を示していた。
山基建設は、同年七月ころから反対住民との話し合いを重ねていたものの具体的進展はなく、結局市当局の指導により一部設計変更をし、最も北側部分の七階建を三階に下げ、同年九月ころ所管の東京都多摩東部建築指導事務所に建築確認申請をし、同事務所による指導も受けて、昭和五一年一一月一五日の新たに日影基準を盛り込んだ建築基準法の改正(昭和五二年一一月一日施行で本件には適用されない)による日影規制をも考慮し、同基準にも適合するように北側二列目の八階建を七階にした上で昭和五一年一二月二八日右事務所より建築確認を受けた。
住民側は、右建築基準法の改正によりいわゆる過半適用が除かれれば、ヤマキマンシヨンの敷地面積の過半数は容積率三〇〇パーセントの近隣商業地域であるが残りの半分近くが容積率の小さい第一種住居専用地域であるため、ほぼ三〇〇パーセントの容積率で計画されているヤマキマンシヨンは三分の二位の容積しか建てられなくなるとして、新法に則つた計画変更を求めたが、山基建設の受け入れるところでなく、同年一一月第三ユニアスマンシヨンの建築禁止仮処分決定に山基建設が異議申立てをしたことに反感を持つていたこともあつて、住民らの態度は一層硬化した。
被告人は、東京都からヤマキマンシヨンについて建築確認をした旨の連絡を受けた後も、住民同意もなく、教育施設負担金の寄付願の提出もないことから、山基建設に対して指導要綱の遵守を強く要求することとし、中村大蔵水道部長、中島正計画課長、花倉敏秋工務課長らに対し、山基建設からヤマキマンシヨンの給水契約の申込があつても指導要綱が守られるまでは受理しないように指示した。
山基建設は、同年一二月ころ、竹田工業株式会社とヤマキマンシヨン建設工事請負契約を締結し、翌昭和五二年一月末ころ、更にその下請会社である三愛石油株式会社及び武蔵野市の指定水道工事業者である有限会社福原工業所を通じ、武蔵野市に対し給水契約の申込を試み、花倉工務課長に対し申込書を提出したものの、同課長より市長命令で指導要綱が守られるまでは受け付けられないと受け付けを拒否され、工事用水の給水も受けられなかつたが、翌二月ころから隣の共同ビルより水を引いて着工し、これに対し住民側は現場に出て阻止行動に出るなどし、警察官が出動する騒ぎにもなつた。その後も山基建設は、同年三月福原工業所を通じ給水申込を試みたのを始め、山田基春自身による花倉工務課長に対する電話での問い合せ、或いは、被告人宛の内容証明郵便での問い合せなど繰り返し給水を求めていたが、その都度要綱が守られるまで受け付けることができない旨断られていた。
山基建設は、反対住民のとりまとめをしていた右ヤマキマンシヨン建設により最も日影被害を被るヤマキマンシヨンとは水道道路を隔ててほぼ真北で第三ユニアスマンシヨンの西隣に位置する住民と金銭補償による解決をすることに合意して個別交渉を進める一方、下請業者の話からみて、教育施設負担金の納付さえすれば市が給水契約の申込を受理するのではないかと考え、同年三月二四日、市に対し住居戸数二三戸分一一四万円の教育施設負担金の寄付願を提出した。
山基建設は、市側からの紛争調整委員に調整申立てをするようにとの指導に従わず、同委員のする紛争調整には共同ビルで懲りた旨語るのみで、申立てをしないことから、前記個別交渉をしている住民(同年四月一日付で金八〇万円を支払い同意を得た)を除く他の反対住民からの申立により紛争調整委員の紛争調停がなされ、山田基春については参考人として事情聴取した上、同年四月一六日「山基建設が第三ユニアスマンシヨンの仮処分決定に従い、前記異議申立を取下げること、及び、住民らは、ヤマキマンシヨン建設に同意する」旨の調整案を示した。
反対住民の中でも共同ビルによる日照被害の一番大きい同ビルと水道道路を隔てて真北で第三ユニアスマンシヨンの東隣に位置する住民にとつては、冬至の際には、残された午後の日照がヤマキマンシヨンの建設によつてほぼ完全に失われることからヤマキマンシヨン建設に対する同意はし難いところではあつたが、第三ユニアスマンシヨンに関する紛争も一挙に解決できるものであれば右紛争調整案に合意するのもやむを得ないものと考えたので、住民側は早期にこれを受け入れる旨回答したが、山基建設は再三被告人宛内容証明郵便等で「ヤマキマンシヨンについての争いなのに第三ユニアスマンシヨンの件を持ち出されるのは理解できないし、裁判を受ける権利を侵害されることにもなる。右調整案に合意しない場合引き続き給水を保留ないし拒否するのか」などと給水を要求したり、質問するばかりで調整案に対する回答は保留したまま工事を進めていた。これに対し、被告人は、山基建設に対し、指導要綱を遵守することが給水の前提である旨内容証明郵便で再三回答し、指導要綱の遵守を強く迫つていた。
山基建設は、同年六月末ころには、市側の対応から右紛争調整案に合意するか住民同意がなければ寄付だけでは市の承認は受けられないことが明らかとなつたため、前記寄付願も取下げ、同年八月ころには第三ユニアスマンシヨンにつき、前記のとおり、仮処分決定により建築禁止を命ぜられていた部分を第三者に譲渡し、最早第三ユニアスマンシヨンについて係争当事者ではない旨主張するなど住民らに不誠実な態度を取りながら、同年九月二〇日にも被告人宛書面で給水申込受理を願い出たり、住民らの工事現場での阻止行動を非難する書面を市に提出するなどして紛争調整案に合意せず、また住民の同意を取るための他の方途を取ろうともしないまま工事完成を急ぎ、市がどうしても給水しない場合には隣りの共同ビルから水を引く手筈を整えて入居者を募集し、なお同年一一月一七日ころにも前記福原工業所や三愛石油を通じ花倉工務課長に対し給水申込をしようとしたが、同課長より被告人の指示で要綱が守られていない以上受理できない旨断られていた。
被告人は、このように指導要綱を守ろうとせず、自己の要求だけを押し通そうとし、マンシヨン建設のたびに紛争を起こす山基建設に対し反感を強めるとともに、他の業者は全て指導要綱に従つていることから、一社だけ例外を認めるわけにはいかないし、例外を認めては指導要綱が骨抜きになると考え、この上は、山基建設が指導要綱を遵守しないならば建物完成後も前記指導要綱5―2の不協力措置を発動するのもやむを得ないものと考え本件に至つた。
八 本件及びその後の事情
山基建設は、市に対し、同年一一月一八日付内容証明郵便で、「ヤマキマンシヨンはあと半月程で完成し入居が始まるが、水道の使用ができないと入居者に補償等の問題も生ずるので早急に給水して欲しい」旨要求し、同月一九日到着の郵便で給水契約の申込をし、同日ころ山基マンシヨンに対する紛争調整案には合意できない旨電話で通告したが、右給水契約申込に対し被告人は、中島計画課長に指示して、同月二二日「指導要綱が遵守されていないので申込書は受理できない」旨の内容証明郵便を出した。
そこで山基建設代表取締役山田基春は、ヤマキマンシヨンの購入者らによつて申込をすれば、被告人も応ずるのではないかと考え、昭和五三年一月一一日ころ購入者岡田一夫ら二二名に申込を促し、右二二名は給水の申込書を花倉課長に提出したが、被告人から山基建設が要綱を守るまでは購入者の申込みにも応じないよう指示を受けていた同課長は、「市長命令で受け付けられない」旨述べて右申込書を受領しなかつた。
右山田は購入者の入居日が切迫したため、右岡田ら三名の同意を得て、その名で同月一三日被告人に対し、マンシヨンに水をもらえないようでは入居して生活できない。直ちに水を使わせてください。入居が迫つているので又申込む。」旨の内容証明郵便を送付した。
さらに右岡田ら二二名は、同月二三日ころ、再度、重田幹夫らを介して給水の申込書を中村水道部長に提出したが、被告人からあらかじめ受け付けないよう指示されていた同部長は、「山基建設が指導要綱を守るまで受理できない。これは市長命令です。」と述べて右申込書を受理しなかつた。
被告人は、前記内容証明郵便に対し、同月三一日右三名に対し、「本件では指導要綱に定められた付近住民の日照同意がなく、教育施設の負担に対しても履行されていないので、給水を保留するのが正当と判断して現在に至つている。」旨記載した内容証明郵便による回答書を送つた。
ヤマキマンシヨンの購入者の入居は、右経緯により、上・下水道が使用できないため、昭和五二年一二月から翌五三年一月の予定が大幅に遅れ、同年二月一六日から開始され、同年六月までの間に二十数世帯約六〇名が順次入居した。
山基建設は上下水道を共同ビルからホースで引き、地下の受水槽に入れた上、ポンプで屋上の高架水槽に入れて各戸に給水する応急措置をとり、下水については同年一月敷地内に下水処理槽を設置してバキユームカーによる汲取りと、隣地の下水升に接続して公共下水道に流す方法を併用した。汲取業者が次第にこなくなり下水が道路に溢れ出て、下水処理に困窮したことから、山基建設は同年二月二〇日、同月二三日の二回にわたり、右重田、福原らに依頼して市に対し下水道使用の申込をしたが、「排水設備新設計画届」上水道のメーター番号が記入されていないとの理由で受け付けられなかつた。
山基建設は、東京都の指導を受けて、ヤマキマンシヨンの仮使用の申請(建築基準法七条の二)をなし、都は現場調査の結果、下水道の設備を除き完成し、一部入居も完了して住居に使用されているところから、市に対しヤマキマンシヨンにつき公共下水道への連結を認めるよう勧告したものの、市がこれをも聞き入れなかつたが、同年三月三日、仮使用を承認した。
このように、都が仮使用の承認という例外的措置によつて購入者らがヤマキマンシヨンに居住、使用することを認めたのに、被告人は依然としてヤマキマンシヨンへの給水をしなかつた。
同年七月一四日、都が建築基準法の改正により新設された同法五六条の二の規定に基づき、「東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例」(いわゆる日影条例)を制定したのに伴い、市は同年一〇月一二日要綱を改正して、住民の同意及び教育施設負担金の寄付の各条項を削除すると同時に、山基建設に対する上・下水道利用の拒否を解除し、ヤマキマンシヨン居住者が上・下水道を利用することができることになつた。
山基建設は、それまでの間下水升の設置など上・下水道の応急措置に伴う費用およそ七一〇万円の出費を余儀なくされた。
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都武蔵野市長として同市営水道事業を管理しているものであるが、同市の水道業務に関して正当の理由がないのに、
第一 同市建設部計画課長中島正と共謀の上、昭和五二年一一月一九日ころ、同市中町三丁目九番一一号武蔵野市役所において、前記水道事業の給水区域内である同市吉祥寺南町一丁目三〇番一号に集合住宅「ヤマキマンシヨン」(鉄骨・鉄筋コンクリート造り八階建、住居二八戸、事務所一戸)を建設中の山基建設株式会社(代表取締役山田基春)から、右「ヤマキマンシヨン」についての「新設水道工事申込書」一通(証拠略)が郵便により提出され、給水契約の申込を受けたのにかかわらず、同月二二日ころ、右申込書一通を同市吉祥寺南町二丁目三番一五号山基建設株式会社に郵送返却し、もつて、同会社との給水契約の締結を拒み、
第二
一 同市水道部工務課長花倉敏秋と共謀の上、昭和五三年一月一一日ころ、同市役所において、前記集合住宅「ヤマキマンシヨン」の購入者である岡田一夫ら二二名から、前記竹田工業株式会社従業員重田幹夫及び三愛石油従業員遠藤美津男を介して、右住宅の各室についての「新設水道工事申込書」三三通(証拠略)が提出され、給水契約の申込を受けたのにかかわらず、右申込書三三通の受領を拒否し、もつて、右岡田ら二二名との給水契約の締結を拒み、
二 同市水道部長中村大蔵と共謀の上、同月二三日ころ、同市役所において、前記岡田一夫ら二二名から、前記重田幹夫及び遠藤美津男を介して、前記「新設水道工事申込書」三三通が提出され、給水契約の申込を受けたのにかかわらず、右申込書三三通の受領を拒否し、もつて、右岡田ら二二名との給水契約の締結を拒んだものである。
(証拠の標目)(略)
(弁護人らの主張に対する判断)
一 弁護人らは、判示第一、第二の各所為につき、いずれも給水契約の申込を最終的に拒否したものではなく、処分保留の状態にあつたにすぎない旨主張するので、この点につき判断する。
前掲証拠によると次の事実が認められる。
判示第一、第二の各所為は、被告人と山基建設をめぐる一連の過程で起きたものであるが、本件前において、山基建設は、昭和五二年春ころより竹田工業、福原工業所、三愛石油を通じ、同市水道部工務課長花倉敏秋、建設部計画課長中島正らに対し、再三にわたりヤマキマンシヨンに関する給水申込を試みたが、その都度同職員らは、市長であり管理者である被告人の指示により、指導要綱が守られていない以上受理できない旨述べて断り、また、再三山基建設代表取締役山田基春から被告人宛に内容証明郵便による受理願いが出されるなどしたが、いずに対しても被告人から指導要綱が遵守されない限り受理できない旨回答されていた。山基建設と反対住民らの協議は、同年四月以降断絶状態にあり、山基建設は、紛争調整委員による調整も拒否し、市に対しても指導要綱による住民同意を得る努力は打ち切る旨回答し、同年六月末には教育施設負担金の寄付願も取下げる旨通告するなど最早指導要綱による手続を履践する意思のないことを宣言していた。山基建設と住民らの交渉はなく、被告人ら市当局の仲介の余地はない状況であつて、被告人が山基建設に対し、断固指導要綱の遵守を迫つても山基建設が譲歩する可能性はなかつたが、被告人は、山基建設が指導要綱を守ることが前提であると考え、山基建設からの給水要求に対し、これを拒否し続けた。
本件時においても、山基建設と反対住民とは断絶状態にあり、打開の余地はなく、山基建設からの再三にわたる給水申込に対しても、なお依然として被告人は指導要綱が遵守されない限り給水しない旨を明言しており、山基建設も指導要綱を遵守する意思も可能性もなかつた。
本件後においても、ヤマキマンシヨン購入者の入居が市の給水契約締結拒否等のため遅れ、山基建設は上水道については隣の共同ビルから分水して給水する応急措置をとり、下水については敷地内に下水処理槽を設置するなどして急場を凌ぎ、下水道使用の申込みも拒否され、都からヤマキマンシヨンの仮使用が承認されても、被告人は依然としてヤマキマンシヨンへの給水をしなかつた。
そして、昭和五三年一〇月に至つて漸く給水されたのは、建築基準法の改正、東京都の日影条例の制定に伴い指導要綱の住民同意、教育施設負担金の寄付の各条項が削除されたという事情変更によるものである。
右諸事情に照らすと、被告人による山基建設からの申込書を受理せず、これを郵便で返却した行為及びヤマキマンシヨン購入者岡田一夫ら二二名が二回にわたり右重田らを介して提出した申込書を受理せず、これを持ち帰らせた行為は、給水契約の締結を拒否する意図で行われたものであつて、いずれも水道法一五条一項に規定する給水契約の締結拒否に該当することは明らかであり、給水契約の締結を留保する一時的な措置にすぎないからその拒否行為に該当しない旨の弁護人らの右主張は理由がない。
二 弁護人らは、被告人の本件措置は、水道法一五条一項の「正当の理由」を有するから無罪である旨主張するので、この点につき判断する。
水道法一五条一項は、水道事業者は、事業計画に定める給水区域内の需用者から給水契約の申込を受けたときは、正当の理由がなければ、これを拒んではならない。と規定する。
そもそも水道法一五条は、水道事業が「清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もつて公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与すること」(同法一条)等を目的とする公益事業であることに鑑み、当該事業が右目的に沿つて運営されなければならないことを、水道事業者の申込者に対する給水義務の面で具体的に明らかにした規定であると考えられる。このような観点からすれば、同条一五条一項の法意は、水道事業者が給水契約の申込みを受けたときは、原則としてこれに応じなければならないものとしつつ、水道事業者に給水義務を課することが、水道事業の右目的にそぐわない結果をもたらすような特段の事情が認められる場合に、例外的に水道事業者が給水契約の申込を拒むことを許す趣旨であり、同条項にいう「正当の理由」とは、右のような特段の事情が認められる場合をいうものと解する。
本件についてこれをみると、前認定のとおり、被告人が本件給水拒否に及んだのは、山基建設が、ヤマキマンシヨンを建設するに際し、指導要綱による日照被害を被る住民の同意、市に対する教育施設負担金の寄付の各手続を遵守しなかつたことによるのであつて、水道事業の前記目的とは異なる他の行政目的によることは明らかである。そして指導要綱は、法律でも条例でもなく、山基建設がこれに従わないからといつて違法でないことはいうまでもない。その他前記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
なお、前認定のとおり、山基建設は、建築基準法に従つて手続を進め、同法に準拠した上で建築確認を受け、ヤマキマンシヨンを建設したものであり、建築確認を得るまでには、日影にも配慮し、市や都の指導に従つて二度にわたつて設計変更し、当時の建築基準法改正により新たに導入され約一年後に施行予定であつた日影規制にも合わせて建設したのであつて、山基建設にはヤマキマンシヨン建設に際しても、なんら違法な点は存在しなかつたのである。
よつて、被告人の本件第一、第二の各所為が、水道法一五条一項の「正当の理由」を有しないことは明らかである。
三 弁護人は、被告人の判示第一、第二の各所為は、以下に述べるとおり、法令による行為又はこれに準ずる正当行為であつて、全法秩序の見地から社会的に相当と認められるものであるから、違法性が阻却されるか、ないしは、可罰的違法性がないものであつて、被告人は無罪である旨主張するので、この点につき判断する。
すなわち、山基建設は、市内に次々とマンシヨンを建設してきたが、ほとんどの場合付近住民との間に紛争を惹起し、市の指導要綱にも違反し、市の紛争調整委員の調整にも誠実に応ぜず、ヤマキマンシヨンの建設に当つても、付近住民との紛争が激化したところから、市は指導あるいは紛争調整委員による調整等を通じ紛争解決に努力したにもかかわらず、山基建設はこれに協力せず、紛争をこじらせて、指導要綱に定められた住民同意が得られなかつたもので、山基建設らの給水契約の申込は、権利の濫用である。
一方、被告人は、市長として公共の秩序を維持し、住民の安全を守り、環境の保全を図る責務があり、右のように、日照保護に関し、マンシヨン建設をめぐる紛争が続発する中で、その処理を規定する法律がない状況の下では、指導要綱を制定し、これに基づく行政指導により処理して行く他に道はなく、また一部地域に人口が集中し、教育施設建設費等の負担も大きく寄付にもやむをえない事情があつたのであり実効性を担保するには強制的措置も必要不可欠であり、また被告人は他の行政目的との調和をも図る必要があつたのであつて、かかる状況下において、指導要綱に基づき、住民同意と教育施設負担金の寄付の各手続を履践しないことを理由に、山基建設らに対し給水しなかつたというのである。
そこで、まず山基建設の行動について考えるに、前掲証拠によれば、次の事実が認められる。
すなわち、山基建設は、本件前の第一ユニアスマンシヨン、第二ユニアスマンシヨン、共同ビル、第三ユニアスマンシヨンの各建設時にも付近住民との間に紛争を惹起し、対応に問題があつたけれども、いずれも建設自体は建築基準法上なんら問題はなく、一応被告人を中心とする市の指導に応え、付近住民に対し説明会を開き、要求を入れて設計変更をし、また共同ビルについて、紛争調整委員の調整案を受諾しており、第二ユニアスマンシヨンについて、市から給水契約の締結を拒否されたため、仮処分を申請して、市と裁判上の和解をするなど相応に対処しており、第三ユニアスマンシヨンについても、仮処分決定後本訴で争う姿勢を示したけれども、法律上許された手続に従つたものであり、右マンシヨンも建設自体は右仮処分決定に従つているのである。
本件ヤマキマンシヨンについても、山基建設は、指導要綱に基づき市と協議をした上、市や都の指導に従い二度にわたつて設計変更するなどし、建築基準法改正により導入された日影規制に合わせて、建築確認を受けて合法的に建設したのである。成程、ヤマキマンシヨンと先に建設された共同ビル並びに第三ユニアスマンシヨンとの複合日影は、日照被害を受ける住民にとつて重大ではあるが、山基建設は、共同ビルについては金銭を支払つて解決し、第三ユニアスマンシヨンについても、仮処分に従つて建設し、ヤマキマンシヨンについても、それによる日影被害について、被害の大きな住民には金八〇万円を支払つてその同意を得るなど相応の努力をしているのである。
これら諸事情からみて、いずれについても、山基建設のとつた行動に違法の点はなく、本件給水契約の申込が権利の濫用といえないことは明らかである。
一方被告人のとつた本件所為について検討する。
まず指導要綱の法的性格に関連づけて被告人の所為を考えるに、前認定のとおり、指導要綱は、武蔵野市における日照保護及びこれに伴う紛争防止等のため制定されたものであるが、市議会全員協議会の承認を得たとはいえ条例ではなく、また法律にも条例にも基づくものでもないのである。指導要綱は、市が法令によらずに行政指導することの方針を示したものにすぎず、もともと法的な拘束力ないし強制力を有するものでなく、勧告的、任意的なものであつて、相手方に任意の協力を要請するにすぎないものである。したがつて、相手方は、この協力要請に従うか、従わないかの選択権を有し、行政指導を受けた相手方がそれに従わないからといつて、なんらかの不利益をこれに与えるような措置を法的に行いうる道理はないのである。蓋し憲法上国民に保障された基本的自由及び権利を制限する行政権の発動は、すべて法律にその根拠を有し、法律の定めるところに従つて行われることを要するとする、いわゆる「法律による行政の原理」があらゆる行政運営の基本とされるべきだからである。もつとも行政指導といえども、一定の行政目的の実現を図ろうとして相手方の協力を求めて働きかけるものである以上、その実効性を高めるためになんらかの対応手段を用いること自体を否定しえないとしても、協力しない相手方に対し、例えば当該行政機関の権限ないし地位をその本来の趣旨に反して利用して不当な影響を与えるなどの手段を用いることによつて、法律の定めがないのに国民に義務を課し、又は国民の権利を制限するのと同様の事実上の強制力を及ぼすことは、行政指導の範囲を超えるものであつて適法といえない。
本件についてこれをみるに、被告人が水道法上の給水契約の締結を拒否したのは、市長として同市水道事業を管理している者として、山基建設らに対し指導要綱に定められた住民同意と教育施設負担金の寄付を履行するよう指導し、これが履行されなかつたので、「上・下水道等必要な施設その他必要な協力を行わないことがある」との定めに基づいてなされたものであつて、右行為は、地方公共団体の長がその水道事業管理者としての地位を本来の趣旨に反して利用するものと認めざるをえない上、上水道の利用が可能か否かはマンシヨンの建設及び使用に重大な影響を及ぼすのであつて、右指導に従わない場合の対応手段として、水道法上の給水契約の締結を拒絶することが、事実上極めて強い強制的効果を持つことは明白であり、したがつて被告人の右所為は、行政指導として許される範囲を超えており適法でないといわざるをえない。
してみると、被告人において、給水契約の申込を受けたのに、これを拒む正当な理由がなく、給水契約締結の法律上の義務があるにもかかわらず、これを拒否するがごとき措置をとることは違法といわなければならない。
次に、指導要綱の条項との関連において、被告人の所為につき考えるに、前掲証拠によれば、次の事実が認められる。
指導要綱は、日照被害を被る一切の住民の同意と教育施設負担金の寄付を要することとし、従わない事業者には給水しないことがある旨定めているのであり、事業者に対し、住民同意と寄付を強要するものである。
また、市が要綱行政に基づきマンシヨン建設に伴う日照被害の解消を図る必要があるとしても、限られた土地に多数の人口を抱える大都市の住環境の面からみると、住民同意を要件とすることは、高層化による広い居住空間確保の道を閉ざし、先住者に優越的利益を与えることとなるのであつて、必ずしも合理性を有するものではない。
更に、教育施設負担金の寄付についても、市の人口は、指導要綱制定前の昭和四〇年以降横ばいであり、マンシヨン建設により人口が一部地域に集中したとの点も、市が南北約二キロメートル、東西約六キロメートルの小さな市であることからすると、仮に一部地域で人口の急増があつたとしても、全体での増加がない以上、比較的容易に対処できるとも考えられ、いずれにしても緊急に寄付を強要しなければならない事情があつたとは認め難い。
被告人は、地方公共団体の長として他の行政目的との調和を図る必要があつたとはいえ、右状況を認識し、ヤマキマンシヨン建設に際し、山基建設には水道法、建築基準法等なんら法規違反の点はなく、設計変更等の努力もあり、一応の成果をあげており、山基建設と反対住民との間では最早話し合いは決裂し、互譲の余地もなく、紛争調整案中にもヤマキマンシヨンの設計変更等付近住民からの具体的要求のないことを十分に知りながら、なお、指導要綱の遵守を強要すべく、市役所係員らに対し、本件給水契約の申込書の受理は、指導要綱の遵守が前提であるとして、給水契約の申込書を受理しないよう指示し、本件給水契約の締結の拒否に至つたのであつて、行政指導とはいえ、その許される範囲を超えたものであり、給水拒否を正当化しうるものではない。
従つて、以上いずれの点からみても、被告人の本件所為は、法令による行為でも、これに準ずる正当行為でもなく、また社会的相当性を有しないことも明らかであつて、違法性を阻却せず、可罰的違法性を有するものである。
四 弁護人らは、検察官の本件公訴提起は、法の不備をよく補い日照保護及びこれに伴う紛争防止に努め、国民的支持を受けて被告人が推進してきた要綱行政を崩壊せしめるとともに、山基建設の建設の自由を過大に評価するものであつて、公益の実現と正義とに奉仕すべく付与されている検察官の訴追権限を逸脱した違法なものであつて、本件公訴は棄却されるべきである旨主張するのでこの点につき判断する。
本件記録及び証拠を精査するも、弁護人ら主張のように、本件公訴提起が検察官において、被告人が市長として推進してきた、その主張のごとき要綱行政を崩壊させるとともに、山基建設の建設の自由を過大に評価する違法不当なものと認めるに足りる資料はなく、たとえ行政指導であつても、その許される範囲を超えた強制的措置が正当化される理由のないことはもちろん、被告人の本件所為が、その動機、目的、態様、罪質、犯情並びに社会的影響その他諸般の事情に照らし刑事処分を免れないものとして、検察官のなした本件公訴提起は、公訴権を濫用した違法不当なものでないことが認められる。
(法令の適用)
被告人の判示第一、判示第二の一、二の各所為はいずれも刑法六〇条、水道法五六条、五三条三号、一五条一項(判示第二の各所為はそれぞれ包括一罪)に該当するところ、各所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金一〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉山修 青木正良 櫻井良一)